全国の子宝スポット
VOL.23 滋賀・多賀大社

「お伊勢七度 熊野へ三度 お多賀さんへは月参り」とうたわれ古くから近江だけでなく全国からお詣りの人がたえない 東近江市 多賀大社

お多賀さんと呼ばれ縁結び延命長寿の神さまとしての歴史は、中世に入ると神仏習合が進み多賀大明神と親しまれてきたのです。

そして織田信長をはじめ多くの戦国武将の信仰をあつめ、なかでも豊臣秀吉は母 大政所の延命を祈願し、成就したため、大名に与えるに等しい米一万石を奉納しました。

その時つくられた太閤橋は今も多賀神社のシンボルとなっています。

多賀大社の歴史は古く、その創建はさだかではありません。
しかし、平安時代の「延喜式」に「多何神社二坐」とあり、この頃までに二神が祀られていたことがわかります。

この二神とは、伊邪那岐・伊邪那美大神のこと。「古事記」にも神代の昔に御成婚、日本の国土、そして日本人の心のふるさとと伊勢神宮の御祭神 天照⼤御神をはじめ八百万(よおよろず)の神々をお産みになられたと記されていることから

「お伊勢参らばお多賀へ参れ、お伊勢お多賀の子でござる」ともうたわれ、多賀大社は縁結び、子宝の神さまとして子授けを願う人がたえないのです。

多賀大社

滋賀県犬上郡多賀町多賀604